貴金属ディーリングにおいて世界でも第一人者のスタンダードバンク東京支店長池水雄一氏が、「池水雄一のゴールドディーリングのすべて2」で、金の基礎知識編として、先週に続き東京工業品取引所について解説しています。 – 本記事はBullionVaultが執筆しています。
前回は東工取の沿革から今日における問題までを書きました。今回は実際の取引手法とその特徴について書きましょう。
偉大なローカル市場東工取
私が東工取を取引していた80年代、90年代は東工取は「偉大なるローカル市場」でした。おそらく、この「偉大なるローカル市場」という状態が、トレー ダーにとってはもっとも利益が出やすい状態だと思います。海外勢の参入はほとんどなく、市場の構成員は多数の一般投資家と商品取引員、そして総合商社というい非常にわかりやすいパターンでした。つまり構図としては相場の上げ下げを読んで積極的に価格リスクを取りにいく、投資家(個人、商品取引員の自己取引)とそれに対してロコ・ロンドン・マーケットの裁定取引をする商社の二種類の参加者しかいませんでした。これは商社の貴金属部にとってはまさにドル箱の取引でした。
投資家の数が多ければ多いほど、特に日本においては圧倒的に投資家の「買い」が強かったので、どうしてもロコ・ロンドン・ゴールドと比べると東工取は割高になってしまいます。当時の商社は割高である東工取を売り、同時にロコ・ロンドンを買い、スポット買い、先物売りの裁定取引を活発に行っていました。私がいたころは商社一社で東工取の場面(バズラ)だけをみると数十万枚ものショートをもっていたことがあります。もちろん裁定取引なのでその裏にはほぼ同じ 数量のロコ・ロンドンのロングが存在していたのですが、東工取だけしか見えない投資家には「商社が売っているから上がらない」といった非難をよく受けていたものです。
おそらくいまだのそんな風に思っている人も多いかと思いますが、商社は決して、ゴールドの価格が下がると思って相場を張っているのではなく、割高な東工 取を売って割安なロコ・ロンドンを同数量買っていたのです。ですから相場の動きそのものに対していつも中立的でした。見方を変えると、東工取にもし裁定取引をする商社がいなければ、買い手ばかりの相場では買うことすらむずかしく、また、たとえ買えたとしても、海外の相場(ロコ・ロンドン)と比べてはるかに 割高なゴールドを買うことになったかもしれません。商社は感謝はされても非難される所以はまったくありませんでした。閑話休題。
東工取の特徴1:円建てである
東工取の大きな特徴としてまず「円建て」ということがあります。当然のことながら日本円/グラムでゴールドを取引しているのは日本だけです。世界の標準 のロコ・ロンドン、そしてComexも米ドル/オンスです。まずここで海外からの参入に対してひとつハードルがありました。東工取を取引するためにはドル円の為替を考えなければいけません。
東工取の特徴2:一番遠い先物が最もアクティブである
もっとユニークなのは、東工取ではもっとも期先がもっとも活発な限月であるということです。これはゴールドのみならず、日本の商品先物の特徴と言ってよ いでしょう。その理由を日本の投資家や商品取引員に聞いたことがありましたが、帰ってきた答えは、1年あったほうがチャンスが多いということでした。対照的に欧米では、あまり先のことはわからないから現在に近いほうがいいという考え方です。ですから欧米の先物取引所はほぼ例外なく最も近い限月がアクティ ブ・マンスであり、Comexでは1ヶ月から3ヶ月のそのときのもっとも期近にほぼすべての取引が集中します。ポジションを先に延ばしたければスイッチ・レートを使ってもっと先の限月に乗り換えることができます。
一方東工取はもっとも遠い限月を取引します。新しい限月が生まれたばかりのときはちょうど一年の先物になり、次の限月が二ヶ月後に生まれるまで、10ヶ月から1年の先物限月がいわゆるアクティブマンスになります。コメックスではアクティブマンスに取引が集中するのですが、東工取では期近から期先まで6限月すべてが直接取引されます。ほかの限月とのポジション交換レート(スイッチ・レート)は存在せず、たとえば8月売りに10月買いといった具合にポジショ ンを他限月に移す場合は直接二つの限月を同時に取引する必要があります。これは取引が煩雑になりコストもかかるという大きなデメリットがありますが、裁定取引という観点からは、スポット・ロコ・ロンドン対東工取の各限月、また東工取の限月間という風に裁定取引のチャンスは、スポットとアクティブマンスだけのComexよりも格段に増えるというメリットがあります。また期間が長い分、ゴールドの金利と円の金利による裁定取引のチャンスもまた大きなものになり ます。
以上 (次回に続く)
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池水雄一
貴金属ディーリングの世界でも第一人者。上智大学を卒業後、住友商事、クレディ・スイス、三井物産、スタンダードバンクと貴金属ディーリングに一貫して従事し、現在はスタンダードバンク東京支店長。Oval Next Corp.サイトで市場分析ブルース(池水氏 のディーラー名)レポートも掲載。